「モクベエ伝説ー杢坂の由来」 |
2007年3月15日 お江戸広小路亭初演 40分 | ||||||||||||||||||||||||
自らを犠牲にして、災害で崩壊する村を救った先人の記録 人々は災害の前に無力であろうか、気落ちした村人に勇気と再建への意欲をあたへた男の話 |
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昭和37年新潟県松之山町(現十日町市松之山)が巨大な地すべりに襲われました。おりしも昭和33年に地すべり防止法が施行されたばかり。この松之山の大地を舞台に地すべり対策の調査法や工事手法が研究開発されて、同じ被害に苦しむ全国の人々を救っていくことになるのです。まるでモクベイの祈りが通じたかのように…そのむかし、自ら人柱となって村人を救ったある男の物語り。 | |||||||||||||||||||||||||
「防災講談」は、一昨年の暮れ、ある忘年会で「講談で防災を!」と盛り上がったのがきっかけです。その時、この3部作が候補としてあがったのです。 昨春、「浜口梧陵伝」が産声をあげ、秋には国立演芸場・講談祭り「先人に学ぶ防災術のすべて」でトリをとらせていただきました。 防災の専門家の知恵をお借りし、大災害に立ち向かった偉人を伝承する地元の皆さんのご支援のおかげをもち、3月15日「講談モクベイ伝説」がデビュー致します。講談を通じて少しでも防災のお役にたてましたら幸いです。 神田香織 |
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防災講談三部作 「稲むらの火ー浜口梧陵伝」 「モクベエ伝説ー杢坂の由来」 「掘るまいかー山古志村・ 手掘りトンネルの記録」 |
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福井県砂防ボランティア協会10周年記念公演 | |||||||||||||||||||||||||
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広小路亭4階で打ち上げ、全員集合!「演芸スクール」は関係なしです(笑) |
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(左)左から映画「掘るまいか」の橋本監督、プロヂューサーの武重さん、助手の島田さん、日本映画学校、卒業式、試験といそがしいときに駆けつけてくださいました | (右)「いづれがあやめか、かきつばた」新内の富士松鶴千代師匠と鶴しずお姉さんです。 | ||||||||||||||||||||||||
左)「亥年は災害が多い!?」講釈師見てきたような…、ぐいぐい引きつけられる災害の話で全国ひっぱりだこです。元NHK主幹の吉村秀實さんと。 | (右)昨年、映画学校の武重ゼミで講師をさせていただき、それ以来武重さんは私を先生と呼びます。武重邦夫さんと。 | ||||||||||||||||||||||||
鶴千代師匠、講談聞き、涙がでてきたそうです。とても喜んでくださり、不肖の弟子としては感謝感激! | |||||||||||||||||||||||||
「杢坂の由来」 新潟県十日町市松之山、旧松之山町は関田山脈の一角にあり、温泉と豪雪が名物の小さな町でございます。正月の15日、小正月の行事として有名なのが「婿投げ」。これは前の年に松之山から嫁をもらった婿を招き、村の若衆が背負って温泉薬師堂へ。みんなでお神酒をいただいた後、その婿を胴上げして薬師堂から5メートル崖下の雪の上に投げ落とす行事のことです。雪がクッションになるので大丈夫なのです。冷やかしの掛け声と大きな笑い声を浴びて転げ落ちるお婿さん。下で待ち受ける心配そうなお嫁さん。雪から這い出す婿を嫁が助けることで、二人の絆がより深くなるようにと願うんだそうです。この婿投げは、略奪結婚の名残ともいわれており、よそ者に集落の娘を取られた青年たちの腹いせが形を変えたものだともいわれています。 松之山町がなんといっても一躍有名になり連日のように新聞に取り上げられ、で始めたばかりのテレビで騒がれたのは、昭和37年4月、松之山町に大地滑りが発生したときです。全長3、6キロ、幅2、4キロおよそ850ヘクタールにおよぶ大規模なのものでした。ところどころに走る亀裂、20メートルも滑り落ち、大地全体が様々な形で動くのです。じつに6カ所以上の集落にかかり未曾有の大地すべりとなりました。3年後にやっと大地の動きがとまりましたが、先祖伝来の土地を捨てた人が大勢いたという事でございます。 松之山は棚田の美しさでも知られております。四季折々の棚田の変化は全国各地からアマチュアカメラマンが駆けつける程のみごとな風景です。しかし、その棚田は地滑りの産物、いまは地中ふかく2千本の及ぶ管が棚田を支えているのです。 この町の兎口に「杢坂」という地名があります。その杢坂の由来の一席。 いまから500年も前のこと 村長の杢兵衛は40を過ぎて授かった3つになるかわいいさかりの坊やと妻のまつとの3人ぐらし、今にも初雪が降りそうな11月のある夜のことでございます。 「ミシッ、ミシッ」というにぶい音がどこからともなく聞こえて参りました。杢兵衛ふと目をさます。 杢兵衛「なんだぁ…なんの音だ、ねずみか〜、はは、そんなわけないな、ねずみにしてはおとなしすぎるな、」 とその夜はそれほど気にせず再び眠りにつきました。が、2、3日たつとまた、「ミシッ…ミシッ…」という不気味な音。 「まただ、なんだろう、はてな」杢兵衛不安になり、しばらく音の正体を探りますが 昼間の野良仕事の疲れがたちまち杢兵衛をねむりにいざなうのでした。 それから二月がたち、新たな年を迎えた一月のある夜のことです。 さーっと顔に冷たいものが落ちてきました。杢兵衛おどろいて目を覚まします。 手を当てると、ほほがぬれている。 なんと雪でございました。外の吹雪が家に吹きかけてきたのでした。 「なんだあ、おまつの奴、とじまりわすれたのか、しょうがないな」 起き上がって木戸に手をかけ、がたっ、がたっ、と締めようとしますが、隙間ができてしまい、しまりきりません。 おもいきり力を入れると、ビリーン!と木戸が鳴りました。板目が裂けてしまったのでした。 杢兵衛「こりゃあ、おかしいぞ…」 このとき、しずかに、おそろしい「地すべり」が兎口を襲い始めていたのでした。 それからさらに二月がたち、雪が溶けるとまっさきに咲くこぶしの花のつぼみがほころびはじめ、春のおとずれがかすかに感じられる、弥生の半ばのこと。 「がーん、がーん、」「がーん、がーん、」という半鐘が村中にひびきわたりました。え〜こうやって声を変えているのは、半鐘の遠近を表現しているという芸の細かい所でございます。 すこしづつくずれ始めていた山がこれえきれなくなり、勢いがつきだしたのでしょう、美しかった山林ががずるずると滑り落ち、無惨な地肌がその姿をあらわにし、そうして、先祖伝来の田畑がべど、つまりどろでうめられはじめたのでした。 童男「おとうー。おらどこの田んぼが、あっけな下まで、落ちてった」 童女「おっかあ、おらげの畑が、みんなべとの下に埋まっちまった」 とこどもが騒げば、大人たちもおおさわぎ 村人「うあ〜っ、ぶなが裂けるぞぉ。杉林の峰がずり落ちていく。逃げろ〜っ」 「鎮守様がかたむいてきた、半鐘叩け、赤羽や己の下の田んぼではたらいている人らにも知らせるんだ」 村人の驚きはとても言葉では言い尽くせないほどでした。田畑ばかりではありません。一日一日と村の家々まで危険が迫ってきたのです。 「あ〜、丹誠込めた田んぼが、ダメになっちまった」「おまえさん、うちも傾いてきたよ、どうしたらいいだ〜」 なすすべもなく、村人たちは田や畑をおろおろ歩き回るのが精一杯です。なげいているだけではどうにもならないと毎晩、村長の杢兵衛の家に集まっては知恵を出し合いますが、これといった名案がでてくることはありませんでした。 村人「おらとこの田んぼの水は地割れで吸い込まれちまった」 村人「おらとこはべどでやられて、田植えもおぼつかねえ、年貢どころかオラたちの食い扶持すらままならね」 村人「どうする、杢兵衛さんこのまんまじゃあ、オラたちの村ぁ全部べとの餌食じゃ、村は終りじゃ!」 村人「そうじゃ杢兵衛さん、オラたちぁ飢え死にしちまうしかないのかの」 村人「どうするべ、どうすりゃいいべ!?」 口々に恐怖と不安を述べ立てる村人達。 そのまんなかで、じっと皆の声に耳を傾けていた杢兵衛は、ゆっくりと面をあげると 皆を見回し、口を開きます。 杢兵衛「皆の衆、いいか…。吾平のとこから東の田んぼは全滅した。兎口にもひびが入った。 鎮守様まで傾いた。こりゃあもう、一刻の猶予もならん事態だ。だが、オラたちは、やれるだけのことはやってきた」 「そうとも、やってきた」とうなづく一同。 杢兵衛「こと、ここまで来たからには、もうあとは、そう、神様のお告げを聞くしかあるめえ」 村人「か、神頼みか……杢兵衛さん」 杢兵衛「そうだ。こうなったら松之山いちばんの巫女様に、みてくれしてもらうしかねえべ」 「困ったときの神頼み」と申しますが、このまま村人の全滅を座して待つよりは、一縷の望みを、天のお告げにつなぐほかございませんでした。 翌日、村人達は松之山郷で一番とうわさされている祈祷師の巫女さんに頼み、すぐさまみてくれを始めたのでした。 「村人よ、これからご祈祷をいたし、神のお告げを聞くぞ。よいか」 というと巫女は祈祷を始めます。 巫女「ノーマクサンマンダ、ハーサラダー。ノーマクサンマンダ、ハーサラダー。 オンア ボキャベー ロシャノー、マカフンドラー。ノーマクサンマンダ、ハーサラダー。」 え〜、私、いい加減にいいているわけではありませんで、むかしから伝わるりっぱな呪文なんです。また「ハーサラダ」というのはけっして野菜サラダのことではございませんとモクベイクラブの方がいってましたので、念のため。 「おぉ。村の衆よ。これより出ずる天の声に偽りなし、ゆめゆめ天の声に背くことなかれ〜」 というとばたっとその場に倒れます。 「巫女様が、たおれたぞ」 「心配ねえ。神様のお告げがあれば、すぐおきさっしゃる。」 「あ。神様がのりうつったぞ、巫女様が目をあけたぞ」 巫女はすっとたちあがります 巫女「兎口の衆よ、神のお告げであるぞ。よく聞け、この地滑りをとめる方法はたったひとつ。大地の怒りを鎮めるため、この下の長坂と赤羽の割れ目に人柱をたてるのじゃ。生きながらの人身御供ぞ。 さすれば地滑りはたちところにおさまるであろう。ただしいっておくが、赤羽といっても北区の赤羽ではないぞ、間違うな、兎口の衆よ。ゆめゆめ疑う事なかれ〜ノーマクサンマンダ、ハーサラダ」 え〜、その昔、災害は、自然が飢えて生贄を求め猛威を振るっていると考えられていました。神様に対して人間を供物として捧げる事は、最上級の奉仕だと、人柱をたて災害の発生防止を祈願したわけです。よくいわれる「白羽の矢が立つ」とは、この人選のことなのです。霊的ななにかが目印として矢を送ったのだとされ、この矢が家屋に刺さった家では、家族の誰かを人身御供として差し出さなければならなかったわけですね。 「神様のお告げが人柱とは、大変な事になっちまったな」 村人たち、一同、顔をみあわせ言葉もなくしーんと静まりかえります 杢兵衛が口火をきります。 「さあて、村の衆、聞いての通りだ。どげんしたらいいか。みんなの考えをきかしてもらいてえ」 「このまんま、地すべりがおさまらねかったら、おら、兎口にないらんね」 「米もとれねえとなったら、一家で物乞いになるか、のたれ死するしかないの」 「やっぱ、人柱か」 「じゃが、だれが人柱になるんじゃ」 「じさ、ばさ、女、子ども、ってわけにはいかねえな。男衆のなかから決めなきゃなんねえ。さて、どやって決めるかだ」 杢兵衛のよき相談相手でもあるとなりの孫作が言葉を続けます 「のお、杢兵衛さん、ほんとに地すべりが治まるんなら、村の為におれだって喜んで人柱になろうじゃねえかって、のどのここまで言葉がでかかってもなあ、いざとなると誰だって声がでねえ。やれ、病人がいる、年寄りがいる、がきがいる。身体の弱いものや残された者のこと考えると、おらがいなくちゃとってもくっていがんねえってみんなおもっているにちげえがねえ、」 「んだ、おらは勘弁してくれろ。かかあが臨月で赤ん坊が生まれるダ」 「おらとこのじっちゃ、病でふせっとるんじゃ、おらが死んだら看てやるもんがぁ」 杢兵衛「んだ、もっともだ。孫作どんのいうとおりだ、どうだ、おまえさんがた。ここはひとつわしにまかせてくれ、一晩思案して明日には人柱をきめるだ。明日の朝男衆だけ、木の下沢にあつまってくれ」 くびうなだれ杢兵衛の家をあとにする村の面々。彼らを見送った後、杢兵衛は腕組みし、一人で思案に暮れるのでした。とそのとき、どこからともなく切なそうな歌声が聞こえてきます。 「地すべりおそろし 兎口 村中残らず 家も田も みんなつぶされ べどの下 ここには住めぬぞ 兎口 村中ちりじり かんじんに」 村の子どもたちがさいきん口にしてる歌でした。 杢兵衛「空耳か〜、誰が人柱になっても、その家の者が泣くことになっちまう…。誰がなっても、残されたものは涙にくれるほかねえ。どうすりゃいいんじゃ、いったいどうすりゃ…。いいや、決められるわけがねえ。そうじゃ、こうなったら、オラが……村長のオラが人柱になるしかねえなあ」 と、心に決した杢兵衛、起き上がると、綿入れをはおり、ふすまをあけ、隣の部屋のふとんの横で縫い物をしている妻お松に向き直ります。 「おい、お松」と一声かけるのでした。 お松「アラ、お前さん。あまり大きな声はよしてくれろ。やっと寝付いた坊やがおきちまうだ」 杢兵衛「ああ、すまね…」 そばでは三歳になる息子がスウスウと寝息を立てております。 杢兵衛「あのな、お松。今日の「みてくれ」のことなんだがな…、実は、人柱を立てろと出たんじゃ」 お松「人柱……!そりゃ、大変なことになってしもうたな、一体誰に白羽の矢立てることになるだか?」 杢兵衛「それなんだがな、お松。…オラがなろうと思うんじゃ」 お松「え……?」 杢兵衛「人柱、オラがなろうと思うんじゃ」 信じられないというようにお松しばらく絶句 お松「な………なして? お前さんが人柱なんて、なしてお前さんが……!?」 杢兵衛「堪忍してくれるか、お松?」 お松「な…何言うとるね、気でもちがったんじゃねえのが、お前さがいなくなっちまったら、私や坊やはどうするんじゃ!?誰がこの家まもっているんじゃ、」 杢兵衛「この家守るも守らんも、地すべりが収まらにゃ、この村自体がなくなっちまう」 お松「いや、村のことなんかどうでもええ、家の事なんかどうでもええ、なにより、お前さは、私らのことが大事でないのか?」 杢兵衛「お松……お前らのことが……大事でないわけがあんめえ…他のもんに頼むわけにはいなねえんだ、みんな大変なのは一緒じゃ」 お松「そうじゃ、大変なのは一緒じゃ、そりゃそうじゃが、なんでお前さが!?」 杢兵衛「お松……わかってくれろ、誰かがやらねばなんねえんだ、この村が埋まっちまったら、元も子もねえんじゃ」 お松「なら……なら、逃げるべ、な、ここから逃げるべ! 新しい土地へ越して、一からやりなおそ、な?」 杢兵衛「バカ言うでね!!! 逃げてどうする、逃げたら、この村はどうなる? ここはずっとオラたちのご先祖様が命がけで切り拓いてきた土地じゃ、それを捨ててどうする? ワシらは、この土地に生かされてきたんじゃ、ずっとずっと、オラたちのご先祖様が守ってきてくれた、守ってきてくれたからこそ、オラたちは生きてられるんじゃ。ここを捨てて、いったいどうするんだ?な、わかってくれ」 お松「いや、わかんね、わかんねえだよ!なんでお前さんが、村長からって死なねばなんねえんだ、いやだ、やめてくれろ、やめてくれろ…!!」 わーとなくふすおまつ、この声におどろいたのか、坊やも泣きだしてしまいます。 杢兵衛、頭を抱える。 杢兵衛「わ……わかった。すまん。すまんかった…。この通りじゃ。今のことは水に流してくれ。明日、皆と話し合ってどうするか決めるべ」 お松「ほんとうかい、お前さん……」 杢兵衛「ほんとだ、ほんとだ、おまえにいわれて気がついたダ、オラは、お前たちのこと、本当に大事に思っとる、オラのこの気持ちは、どうか、信じてくれろ」 お松「ほんとだね、もうあんな馬鹿な事いわないでくれるね」 「わかった、わかった」 やっと安心したのが、涙をぬぐいお松はほどなく寝息を立て始めました。そのつまと坊やの寝顔をじーっといとおしそうに見つめる杢兵衛でございました。 杢兵衛「かんべんしろ、…お松…坊……許してくれろよ…」 そう心のうちでつぶやくと、なにを思ったか、お松が置き放しにした裁縫道具に手をのばす杢兵衛でございました。 翌朝、木の下沢に集まった男衆にむかって、杢兵衛は口を開き始めます 杢兵衛「な、みんな、人柱のことは、くじで決めることにするべ。これなら、公平だ、誰も文句はないべ。」 「んだな、くじが一番いいかもしれねえな」 「うん、それで、そのくじの方法じゃが、人柱は、ふんどしの穴ぁつくろっている者とするべ」 村人「何言ってるだ、杢兵衛さ。しらみがたかるから、ふんどしの穴さ繕うようなもんはおらんじゃろう」 「しかし、こんなことで尻だしているのかかあにみられたらしかられるな、」 「んだんだ、朝早いからだれもこねえだろうが、う〜さぶ」 男衆つぎつぎとふんどしをとって、隣同士、つぎがあるかどうか調べ始めます。 「あ、おまえ、あなあいてるぞ」 「んだ、穴開いてても不自由しねえのが、ふんどしのいいとこだな」 「んだな、きものじゃねんだからな、ふんどしにつぎなんかあてるやつ、いるのかな」 「あ〜あ、おめえのふんどし、きたねえな、いったい、いつからつけてるだ?」 「さあ、いつだったかな、覚えがねえ、なあに、汚れたらちょっとずらせばいいんだ、でまたよごれたら、もっとずらす、ふんどしは便利だ」 「まったくだなあ」 などど軽ぐちをいいながら、つぎがないのを確かめ合って、みなホッとしております。 しかしたった一人、ふんどしを繕っている男がいたのです。 杢兵衛である。 「あっ、杢兵衛さん、ここ、ここ!」 杢兵衛「なに、つくろってあるのか、あ…はは、言いだしっぺが、なっちまっただか…こりゃあ、お笑い種だな、な、みなの衆?」 一同水をうったようにしーんと静まりかえります。 「しかし、くじで決まったことじゃ、文句は言えねえ。おらが人柱になるだ」 これを聞くと村人たち、たまらなくなったのか 「杢兵衛さん」「杢兵衛さん」と泣きながら杢兵衛にすがりつくのでございました。 「すまねえ、ゆるしてくれ、杢兵衛さん」 「皆の衆、泣かないでくれ、これでいいがだ。おら、こうしてみんなに惜しまれて、みんなにお経のひとつでもあげてもらえれば、今の気持ちは日本ばれよ。…さあ、うめとくれ。おらの身体が兎口のべどにうまって、地滑りがおさまりゃ、おら本望だすけな」 「杢兵衛さん」 「村の衆、そのかわり頼みがある。おまえがた、心合わせ、力をあわせて一日もはやくぬげをなおして、孫子の代まで兎口の村をりっぱに守ってくれ。どっかへいくなんていわないでくれろよ。おれの願いはそれだけだ」 「わかった、この村をおらだちりっぱにまもっていくからな、杢兵衛さん」 「杢兵衛さん、おまえさまは村の守り神だ」 「これで思い残す事はない。さあ、ぐずぐずせんでうめてくれ〜、ナムアビダブツ、ナムアビダブツ」 こうして杢兵衛はぬげのもっともひどかった赤羽と長坂の下の境に人柱として埋められてしまいました。 お松が事の次第を知ったのは、杢兵衛が人柱になってからでございました。 それは、埋まってから妻には告げてほしいという杢兵衛のたっての願いゆえのことでした。 息せき切って駆けつけたまつに孫作がきまりわるそうに話しかけます 孫作「自分を責めるんでないぞ、お松さんや。まさか杢兵衛さも、自分のふんどしが繕うてるたあ思わなんだろうに、のう」 お松「なんのことじゃ? 孫作どん、ふんどしをつくろうて?」 「実はな、くじはふんどし繕うてあるものにしようと杢兵衛さんがいわさってな、他のだれも繕うてなかったが、杢兵衛さんだけがその…」 「つくろうてあったのか。で、そのふんどしを私がつくろうたと、あんた言わさるか?」 村人「なに、お松さん、あんたじゃないんか? じゃ、杢兵衛さ……自分で、わざとふんどしを繕っただか!?」 村人「なんてことだ、杢兵衛さ、くじじゃ言うて、自分が人柱になるために…」 お松「お前さん!」と 無我夢中でお松は人柱の場所に駆けつけると、土中深く埋まる杢兵衛の白木の箱に通じる竹筒に飛びつくのでございました。 お松「お前さ、お前さあ!!! 聞こえるだか、聞こえるだかあ!?」 杢兵衛「おお……お松……おまえかあ……来てくれたかあ……」 お松「おらが来たからには大丈夫だ、今、出してやるだかな、今ほりおこしてやるからな…!」 素手で掘り起こそうとするお松。周りでは村人たち、はらはらしながら見守っています おまつ、必死の形相で愛する夫を助け出そうと掘り起こしはじめます。手は土でまっくろになり、着物のよごれるのも気にせず、掘りつつけます。 杢兵衛「やめるだ……お松、おまえ……掘り起こしちゃあ、せっかくの人柱の意味がないべ」 お松「何言うてるだ、お前さ、わざとくじで当たるようにしたんじゃろ、自分が人柱んなるため、 誰にも当たらんこと言って、わざと!」 杢兵衛「……そうかぁ……バレてしもうたか……お松どうか…こらえてくれろぅ………そうして、誰のことも恨んでくれるなよ…坊を頼むぞ…」 お松「お前さ…私と坊やが大事だといったのはあれはうそだったのかあ、」 杢兵衛「うそなわけねえべ、おら、お前と坊やとあの世から守るからな、安心しろ、それからお松、最後にたのみがある。ここにこぶしの木をうめてくれ。おら雪が消えていちばんにさくこぶしの花がだいすきだすけ。死んだらこぶしの木にうまれかわって、雪どけの春がくるたびに花をさかしてお前と坊やをみまもるからな」 お松「お前さ…お前さあ……!」 わーとその場に泣き伏したお松は、決してその場を離れようといたしませんでした。「ナムアビダブツ、ナムアビダブツ」と杢兵衛の読経の声がかすかに聞こえてまいります。 七日七晩、その読経は続きました。杢兵衛の読経に、お松の和する声が聞こえた。村人たちもかわりばんこに読経を唱えにやってきました。 そしてついに八日目の朝、読経の声は段々段々と小さくなり、ついにその声は途絶えたのでした。 と同時に、お松のすすり泣く声がひときわ大きくあたりにひびきわたります。 お松「お前さ。お前さが眠るこの場所で、オラたちは生きていくからな、ずっとずっと ここでオラたちは、お前さと一緒に生きていくからな! ……な、お前さ」 土の中の声がとだえたとき、村の衆のお経の声は、地をはい、林をぬい、地の底の杢兵衛に届けとばかり、あらん限りの涙の読経が続けられたという事です。 二人が竹筒越しに話したこの場所を、「杢坂」と人々が呼ぶようになったのはこのときからといわれております。 やがて地滑りはおさまり、杢兵衛が埋まっているところには春のなるとこぶしの花が美しく咲くようになりました。 うた「ふれよ鋤鍬 かつげよモッコ 杢兵衛さまの人柱 地滑りお陰でおさまって 村の畑は生き返る 力あわせりゃはかどる仕事 杢兵衛さまを忘れるな 村中総出で かせぐんじゃ モッコもつてに 力がこもる 心ひとつに 村立て直す 杢兵衛さまよ 見守っておくれ 咲くよこぶしが おらが村 かくして、杢兵衛の尊い犠牲により、松之山大地すべりは治まったと伝えられております。 あれから500年。 今も、「杢坂」という名は兎口の字(あざ)名として残っています。 松之山はその後いくたびも、地すべりの猛威に直面してきました。 しかしそのたびに地すべりに果敢に立ち向かった人々がいました。 死者、負傷者、自殺者まで出す悲惨の中、それでもこの地に踏みとどまり、 故郷を守ろうとしてきた人々があったのです。 だからこそ、この松之山の幻想的なブナ林や、人々を魅了してやまない棚田、薬効あらたかな温泉は、 今もここにあるのです。 自らを犠牲となることを厭わず、故郷を、愛するものを守ろうとする思い。 500年前の杢兵衛の思いは、今も、この地に息づいております。杢兵衛伝説「杢坂由来の一席」これをもって読み終わりでございます。 |
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