講談の「お」さわり集
10月31日港南公会堂 「現場はどんなだったの?」「ひどい有様だった。あんなのは初めてだ。発電所の屋根はアスファルトで出来ているだろう?それ が全部爆発で吹き飛ばされたんだ。熱で熔けているからタールの中を歩いているようだった。黒鉛を 足で蹴りながら作業をしたんだ。空からはすすが降ってきて、まるで黒い雪のようだった」実際、記録によると、キベノーク中尉率いるプリピャチ市消防隊はまっさきにかけつけ、原子炉建屋中央ホールの消火にあたります。燃えさかる炎、しみる煙、熔けたアスファルトの中、消防士達の活動により、数時間で火災は鎮火しました。ただ、原子炉そのものは燃え続けます。消火活動のとき、放射能をこわがって後込みするものは一人もいなかったといいます。というより、放射能のことなど考えている余裕はなかったと言うべきでしょう。「チェルノブイリの祈り」より
10月30日鷹巣寄席を楽しむ会 「もうしばらく皆とも会えないな。よし、これから送別の宴を開こう」「よし、我々が送別の宴を開こう、いつもの居酒屋でいいだろ?」「いやいや、皆には金のことなど、世話にばかりなってきたからきょうは俺がもつ、感謝の気持ちだ。一生に一度の洋行の送別宴だ。まかしてくれ、神風楼に行こう」「なんだって野口君、神風楼は高級料理屋じゃないか、そりゃ無理だ」「金の事なら心配するな、俺がもつ」「若き日の野口英世」より
10月29日猫魔ホテル 「アメリカで五年十年と腰をすえて成功するのが渡米の志じゃないか。目先のえさにつられて結婚するのは間違いじゃないのか」「先生、ハッキリ言って結婚よりもアメリカに行くのが最優先です。この機会を利用しなければアメリカは遠のくばかりです。後のことはアメリカで考えればいいことです。その話進めて下さい。野口の渡米したいと言う情熱に守之助はとうとう承知してしまいました。渡米旅費200円、帰国次第結婚すると言う条件で婚約が成立しました。「若き日の野口英世」より
10月27日広小路亭 静かに書物を読んでいるとどこからともなく虫の音が聞こえて参ります。「ぐるるる」「きゅ〜」「ぐ〜」「きゅゆ〜」。耳を澄ますとどうやら隣の先生の部屋から聞こえてくる。「あっ、これは腹の虫」啓十郎はハッとしました。「そうか、先生は若い自分に食べさせるため、ご自分はいつも遠慮なさっていた。なんという思い遣り、それと気がつかない自分は迂闊だった」。すぐに隣の部屋へかけ込むと、畳に両手をつき「先生、自分はここにおいてもらうだけで十分なんです。ご飯は先生が食べて下さい。」多田民之助はジーッと啓十郎の顔をみつめておりましたが、やがてにっこり笑い「ミミズも干して刻めば、地面の竜、地竜、と言ってな薬になるのじゃ、自然界には体にいいものががあふれている、薬にならないのはないぐらいじゃ。わしはな、腹の虫も薬にしてみようと育てておるのじゃ、腹の竜、腹竜とでも名付けようかな」というと愉快そうに笑い出しました。「和田啓十郎伝」より
10月青森ツアー  そんなリューシャに看護婦達はことあるごとに忠告します。「ご主人はね1600レントゲンもあびているのよ、致死量が400レントゲンだっていうのに。あなたはね、原子炉のそばに座っているのよ」「忘れないでね、あなたの前にいるのはご主人でも、愛する人でもありません。高濃度に汚染された放射性物体なのよ。あなた、自殺志願者じゃないんでしょ、冷静におなりなさい」そういわれるたびにリューシャは気がふれたようになって「だって、彼を愛しているのよ、愛しているのよとくり返すばかり…。「チェルノブイリの祈り」より
10月2日猫魔ホテル  乗船切符を野口に手渡した血脇守之助「野口君、最後に一言いっておく、君はいま、人生の成功者になるか、人間のくずで終わるかの瀬戸際に立っているのだぞ」「はい、必ず成功して帰ってきます」「よし」血脇守之助は野口の手をぐっとつかみます。二人の目は涙で濡れておりました。やがて出発のドラがなり、テープが交差する中、アメリカ丸は手を振る英世をのせて走り去ってゆくのでした。「若き日の野口英世」より
10月2日本牧亭  出されたお題は「富士をたもとに入れよ」「まぁ、ご無理な御注文だわ」とお女中一同心配しておりますが、染、平然として筆をとると「たびびとが駿河の絵図をたのまれて、富士をたもとに入れてきにけり」なるほど、絵に描くなら、世界中かいたってたもとへでも、ポケットへでも入ってしまいます。桂晶院さま大変お喜びになり、以来間のあるごとにお染を大奥にお召しになり、お女中方の和歌の添削を申し付けます。これを手がかりとして才人の柳沢弥太郎が五大将軍綱吉公に近づく機会をとらえ、得意の弁説と社交術でとんとん調子に出世をするという「柳沢昇進禄」のうち、「桂晶院とお染お歌合わせの一席」